ドノロンパンのたぶん更新しない日記

説明なんか無い。

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海賊旗を掲げよ!

海賊旗といえばジョリーロジャー、ONEPIECEにだ評されるように海賊というカテゴリーを一括内包したイメージとして現在に伝わっているこの旗であるが、実際のところ歴史的に見れば点の範囲である。

ジョリーロジャーと呼ばれる海賊旗は基本的に18世紀初期、1700年から1720年代のごく短い期間でしか使用されなかった。
1690年から1700年になり始めて無国籍の専門海賊集団が活動し始めたが、1720年代も後半になると大規模な海賊集団そのものが駆逐されてしまったからだ。
その間わずか30年ほど、古代から現代まで続いている「海賊」という非常に長い海の略奪者の歴史から見てしまえばジョリーロジャーは非常に短い期間しか使用されていない。


現在最も有名な海賊旗はサミュエル・ベラミー、もしくはジョン・ラカムの海賊旗かと思われる(これが現在のスタンダードな海賊旗として認識されているのはピーターパンや宝島などの影響だろうか。)

ジャックラカム
ジャック・ラカムの海賊旗

エドワード
サミュエル・ベラミーの海賊旗


だが、海賊旗というのは海賊によって異なる、確かにサミュエル・ベラミー、ジョン・ラカムの海賊旗はデザインとして素晴らしい、逆に超有名海賊エドワード・ティーチやエドワード・ロウ、ロバーツ・バーソロミューなんかの旗はこう言っちゃなんだがとてもダサい。

ティーチ
エドワード・ティーチの海賊旗

バーソロミュー
ロバーツ・バーソロミューの海賊旗

エドワード
エドワード・ロウの海賊旗

基本的に黒旗に様々な図柄を描いた海賊旗であるが海賊集団によって別個の旗を使用し、それぞれの所属を主張していたのである。
あの旗は麦わら海賊団の船、この旗はエドワード・ティーチの船といった具合である。

黒旗より前の17世紀にカリブ海を荒らしまわったバッカニア達は赤旗を用いていた。
中世の時代から現在に至るまで船に掲げられる旗は所属と信号であり、所属旗の他に船の状態を示すために使われている、当時の赤旗は戦闘を表す状態旗であり、バッカニアや私略船は「降伏せよ、抵抗すれば死を」という意味で赤旗用いていた。
なぜ、この一見すれば異様なデザインの黒旗が使用されるようになったのであろうか。

元々この年代にはスペイン継承戦争の影響もあり、スペイン・イギリス・フランスの私略船達も活動していた。またスペインのガルダ・コスタと呼ばれる沿岸警備隊も臨検と称し積荷を強奪するなどカリブ海沿岸において海賊まがいの行為を行っていた。
だが、彼らはこのジョリーロジャーと呼ばれる黒旗を積極的に用いることはなかった、一体何がそうさせたのだろうか。彼らと海賊達には何の違いがあったのだろうか。

黒旗は彼らが完全なる海賊を示す非常に手軽な手段であった。

海賊行為に及ぶ上で一番避けなければならない事態とはなんだろう?
商船を取り逃がす?海軍に見つかる?船が座礁する?どれも危険ではあるが、赤旗に示される「降伏せよ、抵抗すれば死を」という脅し文句の通り、海賊行為そのものにリスクがあった。

もちろん海賊船は武装しており、商船が用いた脅しのハリボテ大砲に紛れた申し訳程度の大砲や、反乱防止のため少量しか積まれていない小火器など相手にしない武力を持っていた。
だが、実際に大砲を撃って商船を沈めてしまってはお話にならない、彼らの目的は通商破壊ではない、略奪である。


砲撃戦や接舷後の白兵戦闘は海賊集団としてみれば圧倒的な制圧であっても、個々の海賊で見れば避けたい事態である、接舷して白兵となれば少量の小火器といえど自分に当たることは願い下げだ。船上で鍛え上げられた水夫に建材で殴られるかもしれない、ナイフで切られることもある。洋上という空間と非衛生的な船上という特性からちょっとした怪我が致命傷になることも大いにありうる。
また、しょっぱい火砲の砲撃といえど海賊からすれば海賊船は唯一の財産であり、なるべく傷つけたくはなかった。
彼らにとって海賊行為は戦争ではなく、継続した生活なのである。

そのためには「わかりやすく、無条件に相手を降伏させる必要があった」のである。
この時代の商船には様々な外敵が存在した、略奪者として見れば私略船もガルダ・コスタも海賊も積荷を狙う点では変わりが無い。
だが、黒旗を用いる海賊達は自分達が最も危険な存在であると知らしめる必要があった。

例えば、私略船には所属する国家や船主がおり、大抵は貴族や軍人であったため悪評が立つことは避けなければならず、戦闘後の降伏が認められる可能性は高い(この時代になると、私略船であっても悪評が広まると海賊行為禁止法に引っかかってしまう。)ガルダ・コスタはそもそも沿岸警備隊であるので無意味な殺戮は認められていない。

だが黒旗を用いる海賊達の所属は船であり、いかなる法に縛られることは無い、つまりいかなる残虐な行為も彼らには問題なく行えるし、それを訴える先も無い、論理的に彼らを縛るものは無く、制圧した船員を殺そうが殺すまいが結局は縛り首である。
「降伏せよ、抵抗すれば死を」さらに言えば「降伏せよ、抵抗すれば苦痛をもった死を」という非情なる信号を送るには最適な旗であり、また実際にその効果は大きかった。
海賊が黒旗を掲げるのはノーリスクである、もともと海賊である彼らには帰る本国も無く船主もいない、サーの称号が欲しいわけでもないし、どの国の海軍に捕まっても縛り首である。

だが逆に、私略船やガルダ・コスタが黒旗を掲げるのはハイリスクである、彼らには帰る本国や植民地があり私略で得た資金でまっとうな暮らしを送ることが最終目的である。法に則った行動をしなければならず、単なる海賊となることは許されない。黒旗を掲げることは海賊とみなされるためこれを掲げることは非常にリスキーである。

この黒旗のブランドイメージは徹底して守られた。
黒旗を掲げ、「降伏せよ、抵抗すれば死を」このメッセージを宣伝効果として利用しなければこのおどろおどろしい黒旗に意味は無い。
海賊たちは黒旗に対して抵抗を試みた商船に対して無慈悲に振舞った、そうしなければ黒旗の効果は無くなるし、抵抗しても降伏が許されるなら抵抗する、という事態になりうるからだ。
ロバーツ・バーソロミューはオランダ船が抵抗したため4時間にも及ぶ戦闘を行い勝利し、降伏したものを拷問した上で後皆殺しにした。

エドワード・ロウにおいては無条件で降伏した船においてでも、抵抗を提案した船員を聞きだし、その者の耳を切り落としさえした。

エドワード・イングランドの最期が最もこの旗の重要性を示しているだろう。
エドワード・イングランドはバッカニア時代から活動した非常に有能な海賊で1720年代には最大20隻にもおよぶ船団を率いた大海賊であったが、インド洋で東インド会社の大型帆船カサンドラの捕縛に際して激しい抵抗にあった。
慣例であればこの船の船員は皆殺しだ、特に抵抗を決断した船長に慈悲は無い。だが何を思ったのかエドワード・イングランドはカサンドラ号マクレー船長に情けをかけいくらかの積荷を与え逃がしてしまった。
海賊達はこの行動に怒り船長解任投票を行ってエドワード・イングランドは船長の座を追われ無人島に置き去りにされた。

 ジョリーロジャーという黒旗は「自分の船を守ろうと試みた船員は何人であれ、何ら慈悲は与えられない。」という海賊達の基本方針を示しているのである。
 
そして、多くの場面において海賊達は商船が抵抗しなければきっちり約束は守った。そうでなくては黒旗の意味が無くなるからである。商船側がどうせ殺されるなら抵抗しようと考えてしまうからだ。殺されるか降伏するか選べという選択を突きつけてこその黒旗にメリットが生まれるのである。
その点において海賊達は「信用」つまり約束を守ることに非常に気を使った、人質を取って身代金を要求する際も身代金が届けば必ず人質を送り返した。そうでなければ次に人質を取った時に身代金が届かないからだ。

実際この黒旗は非常に効果があった。

多くの商船船長、船員は私略船やスペイン人には戦う戦意を持てたが、黒旗を掲げる海賊に戦うとなるとその戦意は瞬く間に失われた。
商船船長はウィリアム・ワイヤー船長が部下に「未知の攻撃者が現れた場合、自分達の船のために戦ってくれるか?」
水夫たちは「スペイン人相手なら命がけで戦うが、相手が海賊なら戦わない」と即座に答えた。多くの場合、船長が抵抗を指示しても水夫達が海賊に恐れをなして戦意を消失してしまった。

海賊ネッド・ロウ船長は数隻の船団を急襲したが、彼らは銃を一発も撃つことなく、即座に降伏した。

なんとこれは軍にさえ及んだ、ある時フランスの駆逐艦2隻がロバーツ・バーソロミューの海賊船を違法商船と勘違いし追撃したことがあった。だがバーソロミューが海賊旗を掲げるとフランス海兵は瞬く間に戦意を喪失し、一切の攻撃を行うことも無く即座に投降した。
それほど海賊旗は恐怖として水夫たちに植え付けられていた。

おかげで海賊達の略奪行為に際し、ほとんどの商船は黒旗を見たとたん抵抗を諦めた。
船長が抵抗を指示しても水夫たちが怯えてしまい降伏せざる追えなかった。

これは海賊達が「自分の船を守ろうと試みた船員は何人であれ、何ら慈悲は与えられない。」という鉄則と黒旗のブランドイメージを守り続けたが故の非常に高い成果である。
これは抵抗した船員に慈悲を与えず、逆に降伏した船員には危害を加えない、その基本原則を守りつづけたイメージ戦略が大きく影響している。

彼らが海賊旗を掲げた理由、何故このような異様な黒旗ジョリーロジャーを使用したか、理解して頂けただろうか。
ジョリーロジャーは戦闘なしに略奪を行いたいという海賊の本心と、抵抗した船員には無慈悲な拷問と皆殺し。降伏して財宝を素直に渡せば非常に丁重に扱うという。無軌道な残虐性と、降伏すればきっちりと約束は守るという理性的な合理性にそったしたたかさ、相反するような二つの側面を内包していた。
ジョリーロジャーは残虐と誠実という奇妙な二面性を持っていたのだ。

それにしても、抵抗すれば無慈悲に皆殺し、どうして皆殺しにされたのに、こういった話が誰から伝わって広まったのだろう?これは後に海賊達のイメージ戦略で語るすることにする。

では次に、海賊たちの洋上生活について見ていこう。
君は海賊だ、洋上には何があるのか?
船長は暴君?海賊達はモヒカンの荒くれ者?
意外な海賊生活が明らかになる!
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