ドノロンパンのたぶん更新しない日記

説明なんか無い。

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海賊達の生存学

まず、海賊について語ることは、概ねにおいて正確な資料に即していないと言うことを記しておこう。

海賊は当然ながら犯罪行為であり、その犯罪記録を律儀に残そうなどという頭平和な海賊などいるわけも無く、必然的に海賊たちの世界は口伝と言う形でしか現在に伝わっていない。
いうなればエピソードであり、伝説だ。
海賊について書かれた本は幾多あるが、実在した海賊達について詳細に書かれた書物は1冊しか存在していない。キャプテン・チャールズ・ジョンソンの「海賊史」である。
この文献は非常に歴史的価値が高いことは確かだが、脚色も多く疑問視されている部分も多い。
これを読む際にはまずこのことを頭に入れておいて欲しい。


次にここで扱うのは16世紀の私略海賊ではない、17世紀のバッカニアでもない、勿論バルバリア海賊でもなければノルマン海賊(ヴァイキング)でもない。
いわゆる船が国籍の海賊、正真正銘の海賊をとりあつかう。

要するにジョリーロジャーを掲げる18世紀の海賊である。

ちょっと勘違いしている人もいるかもしれないが、いわゆるメジャーなイメージの海賊pirates、例えばONEPIECEであったりピーターパンに出てくる海賊なんかはこの18世紀の海賊がモデルである。
こいつらは16世紀の代表的海賊フランシス・ドレークやジョンホーキンス等の私略海賊privateerとは実は全然違う。

この違いを説明するならば。

船主としての権利が海賊側にあるかどうか?
と言う問いにYESならば海賊、そうでないならば私略船と大雑把に分けることが出来る。

そしてこのpiratesとprivateerの中間の位置にバッカニアが存在する。
17世紀にカリブ海を荒らしまわった無法者のバッカニア達は、無法者という範疇ではあったものの実際のところスペインの輸送船と入植地を狙ったものであり。(他に目ぼしい獲物がなかった。結果的にトリデシャリス条約に縛られていたイギリスはこれを利用した。)
バッカニアは間接的にイギリス・フランスの後ろ盾を得たスペインへの攻撃が主であった。もちろん、彼らは後ろ盾を得ただけであり、行った行為は全て海賊が勝手にやったこととされた。だが、イギリス領ジャマイカのポート・ロイヤルでは海賊が排除されることも無く、むしろスペインから奪った金銀と引き換えにイギリス総督府が私略免許を与えていたため、現在のイメージの海賊とは違い私略海賊にかなり近い武装集団であった。

このバッカニア達の楽園のようなカリブも次第に終わりを迎える、1684年のラティスボン条約でフランスとスペインが和平を結びイギリスとフランスが対立し始めたこと、略奪の繰り返しでスペイン植民地が疲弊し、十分な稼ぎを得られなかったこと等が理由とされるが、イギリス領総督が1680年の海賊行為禁止令を境に私略免許を与えなくなったことが大きく影響している。
スペイン領パナマを攻略したことで名をはせたバッカニア、ヘンリー・モーガンがイギリス領ジャマイカ副総督となりバッカニアをポート・ロイヤルから追放、ついには1699年の海賊取締令も出され、バッカニア活動は規模を縮小していく。
(後年に元バッカニアのバハマ総督ウッズ・ロジャーズが黒髭エドワード・ティーチを追い詰めナッソーを陥落し、カリブの海賊に事実上の終止符を打ったこともまた皮肉である。)
この後カリブのバッカニアはなりを潜め、カリブを離れたバッカニアはインド洋や大西洋アフリカ沿岸などで活動するようになる。これらのバッカニアは私略免許も無ければイギリスやフランスの後ろ盾を得ない海賊であり、無国籍・他民族といった様相を呈し始めpirates化していくのである。
カリブに海賊達が戻ってくるのは18世紀になってからである。ほんの10年ほどだが、しかし、彼らはバッカニアではなくpiratesとして戻ってきたのである。

17世紀も終盤になるとイギリス・スペインはスペイン継承戦争に突入しカリブ海やインド洋は一時的に海軍の及ばない無法地帯となった。
また、この戦争でイギリスはフランスを対象とした私略活動を開始している。

このころに活動していたのがpiratesつまり海賊である。
彼らは本当に無国籍の寄席集まりのような集団で、無差別に獲物を求めて海賊行為を働く正真正銘の海賊いわゆる現代のメジャーイメージにおける海賊達である。
もちろん、バッカニアとは地続きであるし、バッカニアからパイレーツになったものも多いので幾分記述が曖昧になることはご容赦いただきたい。

ここで始めて海賊たちが海賊旗いわゆるジョリーロジャーを掲げたのである。

代表的な海賊として名を上げるなら。
ロバーツ・バーソロミュー
エドワード・イングランド
ジョン・フィリップス
サミュエル・ベラミー
等である。

例外的な位置にウィリアム・キッドが存在する。スペイン継承戦争中のイギリスがフランスを対象に私略活動を行っていた中、キッドは私略船としてイギリス貴族達から出資を受けて船を調達したが、行った海賊行為は当初定められた私略免許に即しておらず、
(フランス船対象の私掠免許しかもっていないにもかかわらず無差別に海賊行為を行っていた。)
結果的に行った海賊行為は全て非合法とされロンドンで首吊り処刑された、私略船を名乗ってはいたが実際的にはただの海賊であった。

さて、ではこの国家に属さない無法者のpiratesであるが、イメージと現実というのはしばし乖離する。
現代の海賊達のイメージとは凶悪な船長、残虐無比な獣な船員、自由気ままな航海、無法者の略奪者、といった具合だ。
これはキャプテン・チャールズ・ジョンソンの「海賊史」の記述を元にしている場合が多いがこの海賊史はある一面では非常に正確だとされているが、一部の例外的な狂気の海賊、例えばエドワード・ロウなどが大きく取り上げられ実際の一般的な海賊生活がどのようであったのか、そこまで踏み込んだ書物は以外と少ない。

だが海賊達はこの事実とは違う世間イメージを自らのコマーシャル戦略に積極的に取り入れていたため、様々な伝説とともに海賊列伝は非常に華やかなものとなり、長らくそのイメージは事実であったかのように伝わっていた。
では実際海賊達はどのような集団であったのか?
君がジョリーロジャーを掲げる海賊一味だったら?

そういう目線で海賊達を見ていこう。
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